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どうも、ぼくです。お久しぶりです。最近雨が多いですね。低気圧が発生すると頭痛も発生するので鎮痛剤を飲む毎日です。「低気圧予測アプリ」というのがあるのでとてもオススメです。備えができる。お薬絶対忘れないようにしないとですね。
今回は「ファッション化したメンヘラ」について考えてみたいと思います。
そもそも「メンヘラ」とは何なのか。
前回の記事を読んでいただけると幸いです。
🌹https://dead-oyasumi.hateblo.jp/entry/2018/05/29/040234🌹
今日一般定期に使われている「メンヘラ」な人を指す多くを締めるのは、(今回は女性に限る)
上記を満たしている人が世でいう「メンヘラ」ではないだろうか。
私は本来の意味を失いつつある言葉だと思うし、障害や病気で苦しんでいる人を蔑むようなニュアンスが含まれるようになってきた言葉なのではないかと思う。
現代では、色々な症状にちゃんとした病名がついている。
例えば、
自撮りをSNSに載せる→承認欲求が強い、自分に自信がある
と思われがちだが、過度な承認欲求や自己顕示欲を持つ人は「自己愛性パーソナリティ障害」と診断されることもある。症状例をみると、自意識過剰だとか傲慢だとか思うかもしれないが、これに苦しむ人は自分の首を締めながら生きているのだ。等身大の自分を正面から受け止められない事もきっとつらいことなのではないか。「もっと完璧に、“愛される私”にならないと」と、日々重圧に押しつぶされそうになりながら生きているのではないか。
(自分がこの障がいを持っているわけではないのでほんの数パーセントくらいしか理解できていないのは許してください。)
誰しもが重圧に耐えながら生きている社会ではあるが、そのキャパシティも程度も人によって感じ方は違うわけであって一括りに「甘えだ」と言ってしまうのは違うのではないか。
話を戻すと、所謂「メンヘラ」がファッションにカテゴライズ化されたのは「病みかわいい」という文化ができ、確立されつつあるからではないだろうか。
例えば、ネックレスに血を模したレジンがついたカミソリ、錠剤やカプセル、注射器などがついているものがある。これを「カワイイ」と捉えるのは人によりけりであるが、現に原宿を中心とし、モデルやアイドル、アーティストなどがこういったファッションをしているので若い女性は真似をするのだ。そしてこれが「カワイイ」になる。
ファッションはアートなので何がいけないとかそういった具体的な線引きがないのが正直なところ。しかし、カミソリは自傷行為を想像させるし、薬や注射器はまさにそうである。
心療内科にかかっていれば、いやでも目に入るものではないか。
苦しんでいる人を馬鹿にしているという意見があり、販売中止になったアクセサリーもある。
私個人としては精神障がいを笑い飛ばして欲しいというか、割れ物に触れる感じで接して欲しくはないので、こうポップにファッション化されると過去に比べればまだ「生きやすい」社会なのかもしれない。
「昨日発作でてヤバかったの〜!!薬効かなくて一睡もできてないわァ」「マジ?卍じゃん!」くらいのテンションで障がいと寄り添うというか、歩んでいけたらいいなあ〜なんて思う。
もちろん、ファッション化されていく“メンヘラ”は良いものではない。
精神障がいと診断され苦しんでいる人を軽視する声があるのが現代である。
「普通になりなさい」というのがこのお国柄といいますか。“普通”を“普通”にできなくて苦しんでいる人もいる。それが原因でいじめを受けたり、輪に入れなかったり、失うものが大きいと思う。
殆どの人がテンプレートに生きている社会をみて、生きていく。「他の方法」を知らないのだ。だから、引きこもってしまう人もいる。その人にとってはそれが正しいのかもしれない。家から出るのが苦痛であったり、多くの人とコミュニケーションを取るのが苦手であれば、家でできる仕事を探せばいいし、通信制の学校に変えればいい。
しかし、それを無理矢理にでも正方形の型に押し込んで来るのが社会である。多くの人が型の外に大事な何かを置いてきてしまっているような気がする、さみしい。
障がいは個性であると偉い人が言ってた気がするので個性にしたいと自分は思う。
しかしそれを盾にして非生産的に生きている人は今日でいう「メンヘラ」だと私は思う。
もがき苦しんで良い方に向かおうと努力している人を指す言葉ではない。失礼極まりない。
努力しても結果しか見てもらえない社会。社会から見たら治療の期間は空白だろうし、そういった話は自分からしたら恥と感じてしまっているあたり拗らせているんだと言われました。
最近は毎日4、5個やるべきことをノートに書き出して出来たら済スタンプを押すヤツを始めました。押せた日は嬉しいですね。誰も褒めるようなレベルではないけど、そうやってちょっとずつでも治していきたい。人権がないように感じる。生きにくい。